組織の自己崩壊に関する研究

最近,私が社内で優秀だなと一目置いていた人がどんどん辞めている気がしていた.ものすごく寂しくなると共に,彼らは本当に我が社にとって必要なんだということをなんとかして客観的に証明できないかなあ…とずっと思っていた.

そこで思い出したのが,O教授が,まだ某企業の研究所に在籍している時に交わした次のような会話だ.

私「この研究所は部屋の数で研究員の数が決まっているんですってね.」
O教授「実は,この研究所も,結構研究員が入れ替わっているんですよ.」
私「えっ,私はそういう話は初めて聞きました.」
O教授「それはその通りで,あなたが知らないような人が辞めることになるんです.研究者は,周囲にその存在意義をしっかり示さなければいけません.もちろん,誰にも知られなくても,実は素晴らしい才能を持っていて,素晴らしい研究をしている人がいる可能性も否定できません.しかし,その人が自分の研究の価値を誰にも示せないようなら,研究者として失格だと思います.」

この,研究者の価値は,その人が周囲に示すプレゼンスにあるという定義を,O教授の定義と呼ぶことにしよう.ここで注目したいのは,そのプレゼンスを測定する方法だ.それが可能であれば,組織から優秀な人間が沢山退職していくような現象を,誰にもわかりやすく「見える化」(これはトヨタ自動車の用語)できるはずだ.

そこで,再び思いついたのがGoogleの検索数である.特に,基礎研究よりの研究者の場合には,論文発表を沢山おこなうことになるのだが,現在ではそれに関する情報はほとんどがWebで公開されている.他に,学会の解説記事,招待講演,書籍,大学における講義,標準化や政府の委員などなどの外部における活動記録はもちろん,在籍大学・企業内の活動ですら,それらのホームページから公開されている.さらに,その人が世の中に与えたインパクトも,それらの情報を参照,引用しているページからわかる.

しかし,世の中には同姓同名の人が,決して少ないとは言えない確率で存在するので,単に人名だけで検索するわけにはいかない.そこで,その企業の正式名称(実際には,株式会社や(株)などの表記にゆれがある部分を除く)や略称を次のように使って,この影響を排除することにする.

人名(=姓+名) AND (正式名称 OR 略称)

このような検索式で検索した結果なら,研究者の価値を示す指標として妥当ではないか.では,この検索結果を「見える化」してみよう.ここでは,私が入手したデータの中で,ここ二年間の中途退職者数が6名で一番多かった企業Aの研究所のある部のデータを使用することにする.縦軸は検索数,横軸は検索数が多い順から並べた時の順位を表す.なお,現在の在籍者と,中途退職者を別の色でプロットしている.

どうだろう?まさに検索数の高い人に集中して転職していることが,この図では一目でわかるはずだ.これは,「転職先はプレゼンスの高い人間を欲しがるはずだ」という直感とも一致する.

しかし,ここで不思議な現象は二つある.一つは,この検索結果数の分布が,なぜか指数分布になることだ.一般に,人名の分布をプロットするとベキ分布になるし,同時に分析した他の部の結果も,右側にカットオフがある(たぶん,新人はほとんど検索結果数が0だから?)ベキ分布が見られている.この指数分布の理由は,今でも説明がついていないが,何かおかしい現象…そして,それは組織崩壊がらみ…が起こっているからなのかもしれない.もう一つは,途中で15位まで大きなスキップがあることだ.この結果を見て,最初「企業では,価値があるレベルに達した人間から辞めていく」という仮説を立てたのだが,このスキップの説明がうまく付かない.

はてさて,これを例外と位置づけていいんだろうか…困った…と毎日(←嘘)悩んでいた私は,実は自分が階層社会学者(←自称…笑)でもあることを思い出した.もしかすると,企業が階層構造であることに着目すれば,このスキップに説明が付けられないか?と思って,再度プロットしたのが次の図だ.縦軸は同じく検索数だが,横軸は今度は役職を低い順に左から右に並べている.単なる社員は1,部長が6,管理職は3からだ.

ビンゴ!この結果は,多くの示唆を与えてくれるのがわかるだろう.

一つは,各役職で,上から辞めていくということである.実は,先ほどの15位の人間は,この図では役職2の上から4番目(上から1番目と2番目は重なっている)である.同時に,役職が上でないと転職は難しくなるわけではないことを示しているが,これは若手は企業,古株は大学に行くなど,転職先が違うために役職の違いはそれほど深刻ではないようだ.これでスキップの説明がほぼ付くと同時に,次に転職しそうなのは,現時点で例外になっている人物…つまり役職2の上から3番目か,役職3の1番目であるという推測が付けられる.この推測が当たっているかどうかは,この二人が実際に辞めるかどうかしばらく待つ必要がある(笑).

もう一つは,特に管理職になる前の若手に集中しているということである.これは,昨今の不況のために,若手ほど昇進できない,きびしい状況に追い込まれていることも考えられる.まあ,詳しいことは,実際の事例に当たらないとわからないので,ここでは深くは考察しないが,なんらかの「極限状況」であると言えるのかもしれない.

さらに,この図をよく見ると,若手ほど検索結果数が多いという,奇妙な現象に気が付くかもしれない.相関を計算すると,さすがに負ではないが,無相関に近い.しかし,この指標は検索結果数は在職年数が多いほど有利であるはずである.そこで,検索数の下限に着目すると,これは役職が上に行くに応じて増えていることから,「在職年数が多くても成果のない人間は配置転換される」ということを示しており,ちゃんと職位に応じて右上がりの傾向を示す.とすると,若手ほど検索結果数が多い現象は論理的にはうまく説明が付かない.もしかして,「プレゼンスが高い人間は昇進できない」という,常識では考えられない問題が発生しているのだろうか?そして,それが大量の転職者を生み出す原因になっているのだろうか?

実は,階層的組織が無能へと突き進むことがあることに関しては,名著「ピーターの法則」にも詳しく述べられており,今回の事例が「大量の頭脳流出」が実際に起こっている証拠だと考えてよいのではないかと思う.ここでは,さらに階層型組織中に「研究者のプレゼンスの逆転」が発生していると仮定して,マクロな観点から考察を進めよう.

そこで「階層型組織は,階層の上ほど優秀であることを前提とした組織である」という仮定を導入する.たとえば,木構造の下から情報を流すことを考えた場合には,上の階層ほど多くの情報を受け取ることになり,より高い処理能力が必要とされる.実際には,各階層で解決できる情報は上の階層には流さないことで情報量は少なくできるかもしれないが,これは同時に情報の複雑さは上に行くほど高くなることを示すはずであり,直感的に正しいと考えていいだろう.

反対に,今回の結果が示すように,この仮定に反した場合,つまり上より下の方が相対的にプレゼンスが高い場合に何が起こるのだろうか?研究者のプレゼンスが高いとは,能力が高い,知り合いが多い,成功経験があるなどのことを示すはずなので,この逆を考えると,次のようになりそうである.

  • 部下の仕事や提案が,高度すぎる,斬新すぎる,複雑すぎるなどの理由で,理解できない.
  • 有力な専門家を知らない,そして先端の情報がうまく獲得できないので,自分が抱えた問題を解決できない,または自分の施策の問題点に気がつかない.
  • 周囲から評価されるような成功体験がないので,施策の立案と実行がうまくできない.その結果,失敗の確率は高く,なんとかやり遂げても平凡な結果になりやすい.

もし,このような状況が発生した場合には,部下は不幸なことになりそうである.その人の能力が社外からも認められていたとしても,直属上司からは評価されないし,斬新で素晴らしい提案をしても,理解されないどころか,上司に逆らっていると誤解されてしまうかもしれない.このような場合に,「階層型組織は,階層の上ほど優秀であることを前提とした組織である」という原則を守ろうとすると,そこでは何らかの衝突が起こるに違いない.たとえば,実力ではなく権力により優位に立つとか….もし,上司がいい人であったとしても,部下としては理解されないというのは,かなり辛いだろう.つまり,これが原因で頭脳流出が発生するのではないだろうか.この現象を,ここでは"The nail that sticks out gets banged down" phenomenon(出る杭は打たれる現象…長い…)と呼ぼう.これは,通常の組織では,ごく少数の「規格外の」優秀な人間にだけ発生するはずである.しかし,何らかの理由で,上と下を意図的に逆転させてしまうと,発生範囲が拡大し,一気に大量の優秀な人間が放出されてしまうのだろう.

今度は,階層型組織のダイナミクスという視点から考えてみよう.階層型組織というのは,常に上層部が優位でなければいけない.そこで,もし逆転が起こった場合には,上層部が優位に立つように下位の人間を放出することで,バランスを取ろうとすると考えられる.つまり,組織の階層間のバランスを崩したことにより,全体的に低いレベルになるとしても,優秀な人材を放出して再び安定状態に強く戻ろうとするのではないだろうか.

なお,ここでいくつか注意点を強調しておく.この指標は非常に対象の職業を限定する.たとえば,外勤が多い営業マンなどは,当然この限りではないし,技術者でさえもこの限りではない.というのは,技術者の場合には,仕事の大部分が外部から隠されているので,この指標の違いは仕事内容の違いでしかないからだ.また,あまりに仕事内容が違う場合には,この方法は適していないかもしれない.というのは,仕事内容によって,同様のプレゼンスでも検索数に大きな違いがある可能性があるからだ.

最後に,この研究は,以下の点で危ないので,あなたが追試する時には注意すべし.

  • あなたが上司ならば,自分の無能さがばれてしまうかも.特に役職が下の人は少なくてもかまわないが,上の人が少ないというのは,あきらかに不適格者だと烙印を押されたようなものだ.
  • あなたが部下ならば,上司に不満を持っていると誤解されてしまうかも.どんな上司であっても,さすがに今回指摘したような状態を誰にでも「見える化」されたら,いい気分ではない.左遷させられちゃうぞ.
  • 次に誰が辞めるかが,かなり高い確率で予測できてしまいそう.たぶん,このマイナーな匿名(←お前,まだそれを言うかっ!←読者の代わりに突っ込んでみた(笑))ブログのつまらない長い記事をここまで読んだ見ているあなたは,非常に勉強熱心の努力家だろう…そして,それは組織の枠に収まらないかもしれない.でも,辞めることが前もってわかってしまうと,在籍企業からはいやがらせをされかねない.転職は,あくまで秘密におこなうべきなのだ.

この現象の解明に協力してくれる同士は歓迎するが,あくまで大学や企業には秘密裏に研究して欲しい.よろしく頼むぞ.なお,この記事は自動的に消滅する(←嘘).

参考文献:

ピーターの法則 創造的無能のすすめ

ピーターの法則 創造的無能のすすめ

人脈づくりの科学 「人と人との関係」に隠された力を探る

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