防災におけるネットワーク技術

立命館大学の仲谷善雄教授の招待講演なのだが,これが非常に面白かった.

http://www.jaist.ac.jp/~yhayashi/sum05_presen/nakatani.pdf

たとえば,兵庫県阪神大震災の後防災に非常に力を入れ,フェニックス防災システムと呼ばれる,先進的な災害対応総合情報ネットワークシステムを作った.しかし,2004年の豊岡豪雨で,このシステムがまったく役に立たなかった.

なぜ,こんな結果になったかというと,地方自治体で災害に対処する人員は,ほとんどが災害活動における十分な経験を持っていないし,そもそも人数的に十分と言えない状態なので,実際の現場では目の前の問題の対処に追われて,せっかくのシステムに入力する時間がなくなるからである.

他にも,災害特有の興味深い性質としては,地震のような場合に災害対応システムが動作開始するのは,そのシステムがダメージを受けた後から…つまり,使用開始時に,すでに何らかのダメージがある可能性が高いのだ.センサやカメラは壊れ,ネットワークは分断され,電源の供給は絶たれ,建物や計算機さえも壊れているかもしれない.

そのような状況下でも,ちゃんと機能しなければいけないのだが,現状のシステムは満点とは言い難いそうである.それは,システム設計者が必ず災害のことを知っているわけではないからだ.たとえ,通常の業務システムと同じ業者が受注しても,災害対応システムはまったく別の設計をしなければいけないのだが,そのノウハウが蓄積できていない.

一つ,その例を示せば,津波時の水門を閉じる例である.従来は人手で占めていたが,もちろんこれでは地震発生後に津波が来るまでの10〜20分の間におこなうことはできない(ある県で実際に試したら,4時間かかったらしい).その対処には二種類あり,一つは職員が職場の近くに居住し,職場から集中的に水門を閉めるようにすること.実際に,このシステムは北海道地震で適切に対処でいたそうだ.もう一つは,水門に地震センサーを配置し,自律的に閉じるようにすることである.人間がいると困るので,警報を発するだけでなく,カメラで人の影を検出することもあるらしい(が,先生曰く,もし取り残されたら,水門の横に設置してある梯子を登ってくださいとのことだ(笑)).

ただし,前者の場合はネットワーク障害に,後者はセンサの故障の問題がつきまとうわけだし,それ以上に地震で水門がゆがんで閉めれない可能性すらあるのだ.さて,どのようなシステム構成が最適なのだろうか?地震国に住む日本人としては,この分野の研究開発の発展と実現がうまくいくことを願ってやまない.

なお,先生が言われた印象的な事例として,確かこの種で先進的な三重県庁から「オフィスみたいな外見で,各自のパソコンで使えるようにしてください」という要求があったそうだが,これは専門家でも一見笑い飛ばしてしまいそうだが,実は見事な洞察力を示している.

この言葉は,「中央集権的なシステムだとネットワーク障害があるだけで使えないので,個々に独立して動作するプログラムが,必要に応じて通信するシステムにしてください」ということと,「プログラムのユーザインタフェースをオフィスと似せることで,非常時にしか使わない災害対応システムでも,うまく使えるようにしてください」ということを示唆しているのである.深い….