LG3Dの意義

Slashdotで11/4に「Project Looking Glass解説」というタレコミがあったが,ここでLG3Dの意義についてちょっと考えてみたい.「わざわざLG3Dなんて作る意味があるのか?」「デスクトップ環境まで3Dにする意味はあるのか?」などの疑問があるだろう.hideyaとも議論してはいるが,これは私なりの回答であることには注意して頂きたい.

既存デスクトップ環境の潜在的な三次元性

実は,既存デスクトップ環境でさえも,完全に二次元で表現されているわけではない.ウィンドウシステムには,タイル型と呼ばれる各ウィンドウが重ならないようにサイズを変化させて表示する方式と,オーバーラップ型と呼ばれる各ウィンドウが重なり合うことができる方式がある.もちろん,現在はほとんどが後者を用いている.

つまり,現在でもデスクトップは潜在的に三次元なのである.タイル型が廃れ,オーバーラップ型が主流になったのは,デスクトップ環境には三次元性が要求されているのだということに他ならない.

デスクトップ環境の自由度

では,本格的な三次元環境と何が異なるのだろうか?それは,簡単に言えば,自由度の違いである.

三次元空間の物体は,x, y, z方向の座標と,各軸の回転,つまり6自由度あれば完全に制御できる.たとえば,昔のSGIワークステーションには,この自由度を制御するために多くのダイヤルが付いた機器があった.

しかし,LG3Dには,その必要はない…というか,そのようであってはいけないのだ.特殊な機器の多くのダイヤルをいじらないと操作できないとか,マウスを延々と動かさないと操作できない環境は,LG3Dが要求するものではない.

つまり,ユーザが要求しているのは表現の三次元性であるが,その操作にまで三次元性を必要しているわけではなく,もっと簡単に操作できるようにしなければならないのだ.つまり,ユーザの操作性に対しては,三次元空間の自由度を縮退させることが必要なのである.

たとえば,hideyaがよく取り上げるのは,バーチャルリアリティとデータ可視化だ.前者はまさに仮想空間を表現するアプローチであるが,これはゲームなどで有効であっても,LG3Dが目指すものではない.後者のように,三次元化しても,それは一種のデフォルメされた表現であり,それは従来のデスクトップ環境とあまり変わらない感覚で操作できる…それがLG3Dの目指す方向である.

例,MacOS Xの Exposé

MacOS X10.3から,Exposéと呼ばれるすばらしい機能が取り入れられた.これは,オーバーラップするウィンドウとその背後のデスクトップが混在して見にくいものを,ファンクションキーを押すなどの簡単なアクションで,整列させたり,隠したりして見やすくするものである.

http://www.apple.com/jp/macosx/features/expose/index.html

これは,三次元性をもつデスクトップ環境を二次元に縮退させることで,一覧性を良くするという,非常に画期的かつ便利なアイデアである.

ただし,このアプローチには問題が一つだけある.それは,三次元から二次元に変換し,再び三次元に戻すという2段階の操作が必要になることであり,デスクトップが現状のままではこれを1段階にするのは難しいだろう.

私は,LG3Dには,これを1段階にできる可能性があると思っている.それが可能になれば,よりユーザが直感的に操作しやすいデスクトップ環境が生まれるかもしれない.

壮大な実験

現在の主要OS上の先進的デスクトップ環境は,ほとんどMicrosoftApple Computerなどのプロプライエタリな企業がおこなっている.しかし,LG3Dプロジェクトは,それがまだ実験的な段階から公開され,我々が自由に参加することができるのだ.

確かに,今のLG3Dはまだまだ未完性で発展途上であるだろう.
しかし,私は,今後のデスクトップ環境は,「どう表現するのか?」が一番重要になると思っている.将来的に,単なる技術者だけでなく,デザイナーや小説家など,異種の分野の芸術家まで参加して,新しい表現を模索するという壮大な実験をおこなうのは非常に面白いことではないだろうか?